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11月13日 ありがとう!一昨日、シータヒーリングのセミナー「豊かさと願望の実現」の二日目に行ってきました(^0^)v
今回は徹底的に自分の中にある豊かさのブロックになっている部分を探っていきました。
あらかじめ用意された100の質問の筋肉反射テスト(私はOリングでやりました)で見ていきます。
これでやると自分ではYESと思っていたものが実はNOだったり、その逆の場合もあるので驚きです。
筋肉反射では心の奥で思っている答えが出るので面白いですよ。
ちなみに自分の体に合う食べ物なども、片手にそのものを持ち(ものが何なのかはわからないように、すべて同じケースに入れるなどした方がいいでしょう)テストするとわかるそうです。
私の場合はハト麦が合わないと判明。興味のある人はお試し下さい。
そして、午後は掘り下げ!
今回も「えー、私、こんなこと思ってるの~!」と目から鱗。
そちらを一緒にペアを組んだ方に引き抜き、ポジティブな言葉を入れて頂いている間、自然と私の目からは涙がこぼれました。
何度拭っても止まらない涙に自分でも驚きでした。
私自信、そこまでその出来事で心が傷ついているなんて思いませんでした。
それは私の父に関することでした。
彼が子供時代の頃のビジョンが浮かび、子供だった父が深く傷つき孤独を感じているのが見えました。
私はその頃の父の苦しさ、悲しみが痛いほど感じられて、その父の力になれないことを深く悲しんでいました。
その後、セミナーに参加した皆から光を私自身、そして両親にも送ってもらいました。
私の両親がそのエネルギーを受け取ってくれたかはわかりませんが、このヒーリングに力を貸してくれた皆の気持ちが、とても嬉しかったです。
そしてそのセミナーの最中、ずっと私の事を見守ってくれている存在がそばにいるのを感じていました。
その存在がメッセージをくれました。
「あなたは役目を果たしました。今が、方向転換の時ですよ」と。
最近また、周囲に様々な存在が居るのを感じるのです。
セミナーの二日目、将来のリーディングをパートナーを組んでやっていると相手の方に「観音が傍に居て『もうすぐだから』って言っている」と教えてくれました。
観音なんて、嬉しい!
今、パソコンに向かっている間も、優しい、チリチリしたエネルギーが頭上から体内に入るのを感じました。
これから、どうなるのかなぁ…
何にしても、方向転換は間違い無しみたい(^‐^)。
どうか、マイルドにそれが起きますように(笑)
7月31日 お掃除しましょう!私の中でのちょっとしたイベントだったDNAセミナー、先週の土曜日が最後の日でした。
今回もペアを組んでお互いの不要な信念を探っていくワークをしました。
すると、私の中から出てきたのが「殺されることへの恐れ」でした。
どうやら過去世で、なんらかの偏見にあい処刑されていたのです。
私自身もそれに関するビジョンが見えました。
映画でよく見るような、お城の一番上にある石積みの牢屋に隔離されているビジョン。
ギロチンの台の上に乗り、公開処刑が行われる場面。
それに別の過去世かもしれませんが、大勢の人に追いかけられ、見つからないように木の陰に隠れている場面。
そこから持ち越された言いようのない恐怖と悲しみの感覚が、シータヒーリングを用いて引き抜かれる間、私の目からはとどめなく涙が溢れていました。
お陰でアイメイクは台無し!(笑)
でも、終わった後はなんとも言えない安堵感に包まれました。そして、無意識のレベルでの変化になんとなく変な感じもありました。
きっと今までの自分と微妙にエネルギーが違うからでしょうか?
そして今朝、自己ヒーリングで自分のエネルギーフィールド(オーラのことです)を見たら前よりずっと大きくなっていました。
変化がエネルギーレベルでわかると嬉しいですね(^0^)
これからも地道に心と魂のお掃除を続けます♪ 5月22日 色々な愛最近は疲れて夜、子供と一緒に布団に入るとそのまま朝まで寝てしまうことが多い私。
でも、この前久し振りに睡魔に襲われなかったので、子供が寝た後の時間を満喫しました。
何となく自分の内面をしっかり見つめたほうがいいと感じていたので軽く内観していると、まるで少年隊のヒガシのような(あくまでも『ような』です。お会いしたことがないので、本当の彼のエネルギーはまったく知りません)エネルギーが自分と重なるのを感じました。
「え、これって何!?」と驚いてそこにフォーカスを合わせると、こんな言葉が頭の中でしました。
「自分が生かされてここに居ることに感謝しなければならない」
「妥協せず、本当に自分が望むものに自分のエネルギーを100%注いでいくこと」
「もっと自分を大事にしなさい」
「自分を愛するということは、時に自分をきちんと律する厳しさも含まれる」
私はそのエネルギー的存在の意識の高さに驚きました。
その波動は自身を愛し、心から大事にしているのがはっきりわかりました。
私はそのエネルギーに満たされて、思いっきりその愛の波動に浸っていました。
そのエネルギーは自分の中にある愛のパワーを外に放射していているだけでしたが、それを感じている私のほうは、今まで体験したことがない位自分が愛されているような気持ちになりました。
なんて言えばいいのでしょう。
自分がまるごと愛されている。自分の長所も欠点も知っていて、その上で愛してくれる。
かと言って、自分が至らない時はすごーく厳しい。
女性的な愛というより、男性的な愛だと思いました。
そんな感じでした。
そして「自分を許しなさい」「自分を責めるのはもうやめなさい」と何度も言われました。
その後、沢山の幾何学模様が私の中に入ってくるのを感じました。
そんな訳で、エネルギーレベルのエステ(?)を受けてすっきり♪
そして、今回の経験で「愛にも色々な種類がある」ことに気付きました。
それにしても、やっぱり愛の波動は最高のヒーリング効果をもたらすんだなぁ…
きっと、今の私はその愛を自分の中で高めていくことが大事なんだと思いました。
では、また☆
5月14日 許すということ4月に感じていた変化の予感が、ここにきてはっきりしてきた気がしています。
それは、「許すこと」と関係していました。
私が精神世界に興味を持ったきっかけは、自分の中にある生きることに対するどうしようもない難しさ、苦しさを克服したいという強い思いからでした。
心の奥深くまで巣くっていた深い傷に気付かずにいた私は外の世界を変える事、なんでもいいから行動を起こすことで自分の世界を変えられると信じ込んでいたのですが、カウンセリングやヒーリングワークを受けていく内に「自分自身をいい状態に保つためには外的なワークより内面的が必要不可欠だ」と言う事に気付くに至りました。
でも、それに気付いたからと言って自分自身の内面がトントン拍子に改善したわけではありませんでした。
それを克服するためにはまず、自分自身の「思いグセに気付き、より自分にとってためになる思考パターンに置き換えていく」という作業も続けていけなければいけなかったのです。
でも、それはある意味大変な作業でした。
自分の中にある気付きたくない部分、自分の醜い部分に直面していかなくてはならないからです。
逃げ出したくなることもありました。
人は自分が望むこととかけ離れた状況に陥った時、その理由をあれこれ模索します。
それはもしかすると一瞬に行われるかもしれません。
「状況のせい」「自分以外のだれかのせい」「自分のせい」
もしその出来事を受け入れることが出来ないと、無意識のレベルで常になにかのせいにしないと済まないのかもしれません。
私は数年前にやっと、『癒す』ということの第一歩は「在りのままの自分を受け入れること」だと認識しました。
でも、それが出来なくてもがき続ける人がこの世には沢山存在するのです。
ヒーリングカウンセリングというのは、「在りのままの自分や人を受け入れ、『許す』という行為を出来るようになるための一つの手段」です。
でも、『許す』のってそんなに簡単な行為じゃないんですよねー(^-^)。
私自身『許す』ということがなかなか出来なくて(というより「そんなことしたくない!」と思っていました)、「許すこと」の本質を理解するまでに長い時間をかけてしまいました。
それは、許すこと=自分を愛し、大事にするということ。
自分を愛し、許すというのは子供を育てるのにとても似ています。
人生の経験がない故に犯す過ちを叱り、そして許し、彼らがもつ特性を最大限にいい方向に注ぎ込めるようにしてあげるということです。
でも、これって口でいうのは簡単でも、実際に判断し行動に移していくのは大変!
そういったことに気付くのにものすごーく遠回りをしたけど、これからも模索しつつ、道を究めることに意味があるのだと思います。
生きることってすごい冒険で、スリルがいっぱいのゲームなんですね♪
ヤマ感だけでやっていこうとすると難しいけれど、本質を見極めてその場その場を冷静に対処することを学ぶと逆境ですら楽しめるようになるのかもしれません。
これこそが人生のマスターの域ですね!
きっと私の魂は最初から平凡な人生など望んでいなく、人生に冒険を望んでいたのでしょうね(笑)
では、お休みなさい☆
2月2日 経験済み?昨日、久しぶりにワークショップに行ってきました。
色々な瞑想を試したり、クラフトもあったりと、知識を詰め込むというよりは感覚重視、体験重視のワークショップでした。
最後には参加者一人ひとりがヒーリングエネルギーを伝授してもらい(どういった要素のヒーリングエネルギーかは聞いてないのですが)、メッセージをもらいました。
私の隣にいた人はここ数年で起こる変化について言われていたよう。「私はどんなメッセージをもらえるのかなぁ」と少しどきどきしていたのですが、そのメッセージに本当に驚きました!
どうやら私、すでに一度アセンションをしていて、またこちらに戻ってきているらしいのです。
存在するだけで人を癒す力があるので、「ただ存在して、こちらの人生を楽しむため」に生まれてきたと言うのです。
しかも、今回の人生は地球上では最後の人生となるというのです。理由は「もうここで学ぶことがないから」
ははは…もう次はないってことは、来世がないの!?
せっかく今回子供を生んで、「来世でもこの子の母親になれたらいいなぁ」と思っていたのでちょっと複雑です。
メッセージを頂いた時、最後に「この事実を受け入れられますか?」と聞かれて「やってみます」と答えたら
「『やってみます』じゃなくて、やらないとだめです」と言われました(苦笑)。
なんだか不思議な展開になってきました。まあ、考えても証明できることではないし、気楽に考えようっと。
では、また☆ 12月1日 コントロールを手放す今学んでいるのは、コントロールを手放すということです。
それは周りに振り回されるということではなく、「こうなって欲しい」という欲求があってもそれに縛られないということです。
自分の中にある願望をかなえようとやっきになり、自分の状況をコントロールすることに夢中になると、かえって物事が上手くいかなくなることに気付きました。
「もし私の願いが正当なものならばそれは叶う」と信じてやるべきことをやったら、あとは天に任せる。これくらいのゆとりが必要なのかもしれません。
「何がなんでもこうならないと嫌」と焦るのは逆効果。多少自分の考えと違っても、もしかするとそちらの方が最初の案よりいいこともあるのです。
だから、もし自分の願いが叶わなかったとしても「きっともっといい方法があるってことよね!」と考えればいいわけです。
私達がどんなに遠回りだと思っても、天からみたらそれが一番効果的で一番の近道なのかもしれません。
だから、今の私の一番の課題は「焦らないこと」「コントロールを手放す」ことなんだと思いました。
では、また♪
11月26日 奇跡は起きる!絶対に不可能だと考えていた目標の一つが実現しそうです!
そのために必要な費用などどこにもなかったのですが、私の考えに賛同してくれた方々の協力でなんとかなりそうなのです(^0^)。
夢の実現に必要な様々な手助け、物が向こうからやって来るようです。
やっぱり、最終的に自分を助けてくれるのはお金じゃなくて、人なんですね!
今まで大切にしていた人達との出会いがあったから、このピンチを乗り越えることが出来ました(^0^)。本当に感謝です♪
そして、私がこの危機を乗り越えるために活用していたのが祈りです。
インターネットや本などに載っている天への祈りの言葉を毎日唱え、自分の中にある不安に負けないようにしてきました。
すると、急に確信のようなものが起こり「絶対なんとかなる!」と感じることが出来ました。
勿論、それでも不安や恐れは常に感じていました。
でも、ある日そのことについてカードでリーディングしてみましたら「あなたの願いは届きました」とか「あなたが必要なものはすべて与えられるでしょう」といったカードばかり出るのです。
私としてはどん底にどこまで耐えられるかという気持ちだったのですが、リーディングって不思議ですね。
ただがカードなのですが、心の励みになりました。
でも、今回沢山の助け(天の助け)が頂けた一番の理由は「子供のために実現したかったこと」だからだと思います。
人の為の願いは叶う、自己満足の為の願いは叶わない。これが宇宙の法則だそうです☆
皆さんも自分を犠牲にせず、人の役にも立つ願いごとなら、絶対に叶いますのであきらめず頑張ってみて下さい! 11月10日 何に意識を向けますか?少し前に自分の身に起きている「問題」を自分が前に進まないための言い訳として活用しているとこに気付いたことを、このブログでお話させて頂きました。
でも、そのあとも不思議なことに自分が少しずつ前に進もうとするごとに、自分の足を引っ張るような出来事が起きているように感じられたのです。
「それって、どういう意味があるんだろう?」私は自問自答しました。
それは頭で考えることと違います。ヒーラーとは言っていますが、日常の生活では私もまだまだ凡人です(>。<)。頭で考えるとつい状況のせいにしたくなるのです。
自問自答、つまり自分の内面を見つめるには瞑想、またはどんな方法でもいいからリラックスすることが一番!
なるべく自分の普段の思考から離れることが大事なのです。
この辺は私がエネルギーリーディングのセッションをする時と似ているかも。
ただ、自分をクライアントがリーディングを受ける時と同じような安心感に導いてあげなければなりません。
そのような状態になれれば驚く位にインスピレーションが湧いて、普段とは違うものの見方や気付きを得ることが出来るのです。
ここ最近は色々あったので特に自ら気付きを得られるように、意識して自分一人になれる時間を作るようにしてきました。
その甲斐あってか(?)自分が「問題」だと感じているに意識を合わせれば合わせるほど、自分がその問題の中にある重たーいエネルギーを引き寄せているのがはっきりとわかったのです!
エネルギーリーディングをやっていて良かった!と思う瞬間でした。
もし、私がこの事を知らなかったら、私は常に「問題」に焦点を当て「問題」を象徴するエネルギーを引き寄せていたわけですから!
私が今生に生まれたきた目的のひとつに「周りに振り回されずに自分を貫いていく」というものがありました。
それを今の私の状況と照らし合わせてみると、「今ある問題に振り回されず自分を貫いていく」ことが自分の一番の課題なのだということに気付きました(^0^)。
そして、どんな問題もその陰に自分の成長、前に進むのを押しとどめる恐れから来ているとすれば、今私が心の奥底で抱えている一番の恐れは「自分自身を100%霊的な教えに合わせ、それに沿った生き方をする」ということなのだと気付きました。
私はこれまで色々なメッセージを受け取ってきたにも関わらず、頭の部分では100%それを信じようとはせずある意味そう言った霊的なことに関心がない人達との中間をとってこようとしてきました。
でも、それが今現在における私の問題を作りだしているように思いました。
逆の見方をすると、私が受け取っている霊的な教えを100%受け入れて生きていくということは、今までの人間の生き方にまったく逆らって生きていくということでした。
「今までの人間の生き方」とはなんでしょう?
それは、「自分の本質が求めるものに逆らおうとする生き方」と言えるでしょう。
今まで色々な場面で「こうするべきだ」「こう振舞うべきだ」と手取り足取り教わってきたそれは、私たちにとって安心できる生き方を失うものであり、それが正しいか間違っているかのレベルではなく、個人レベルにおいて生死に関わる問題のように感じられるわけです。
ですから、私たちは最後の最後まで沈没しかかった船にしがみつくんですね(^-^)。
ここまで来て、やっと「エゴの尻尾を捕まえた」気分になりました。
エゴの自分と、本当の自分って別モノなんですねぇ…。だからと言ってこの世に生きている限りエゴは常に自分の横に存在するのかもしれませんけど(笑)。
でも、やっと自分の核(本質)に近づいてきたようです(^0^)。
11月6日 手放すこと、受け入れることここ最近、何度も受け取っていたメッセージがあります。
それは「こだわりを捨てなさい」という言葉でした。
私は自問しました。「自分の中にあるこだわりってなんだろう?」と。
すると私の中にある「こうでなくちゃ」という気待ち、条件づけなんだと気付きました。
自分の中にある「こうでなくちゃ自分の望みは叶わない」「これを持っていないと幸せになれない」という条件、思いこみの中で生きていたんですね。
でも、これまで私が直観を駆使して行ってきたリーディングではそういった思い込みを手放すように促すのです。
あらまあ、これって矛盾ですね(笑)。
そして、私が今日気付いたのは「自分の中にある執着、『こうあるべき』という信念を手放すこと」、「今おきているすべてのことを無条件で受け入れること」が今の自分に必要なことなんだと思いました。
他の誰に好かれなくてもいい、愛されなくてもいい、ただ自分が存在出来ればそれでいい。
きっと、これが真実なのだと思います。
では、お休みなさい☆
10月30日 呼ばれているの!?約二か月前にニュージーランドに戻らずに、日本で活動をすることを決めた私。
「これからは母国語でバリバリ活動するぞ~!」と張り切っていたのですが、どういうわけか英語を話す環境から切り離されることは起きないようです(^-^)。
私の考えが甘かっただけなのですが、保育園の空きが希望する場所に全くなく、仕方なく昨年まで子供が通っていたプリスクール(ここでは英語しか話しません)に通うことになりました。
私の経済的な具合で、子供は2時までしか預けられません。これでは「バリバリモード」というより「のんびりモード」で働くしかないようです(笑)。
それにしても、私としては子供がそのプリスクールに通うことによってまた英語を話す環境に飛び込むことになりました(>。<)。
どうやら日本で活動するのはいいけれど、英語を話さざる得ない環境から切り離されることはないようです。
どういう訳か、私にとって「英語を話す」ということは自分の夢を叶える為にも必要なことのようです。
確かに、私が興味を持つヒーラーやセミナートレイナーの半数は英語圏の人ですし、もし自分がもっと英語を話せればそういった人達と交流を深めることも可能なんだと思いました。
これは、私が住んでいる場所も関係しているのかもしれません。
私の日本の家族は、私が13歳のころ今居る場所に引っ越してきたのですが、こちらに住んで驚いたのは道を歩いていると不思議なくらい外国人とすれ違うことです。
それも英語圏の人々だけではなく、インドっぽい人やアラブ系の人(はっきり言って違いはわかりません)、中国や韓国からの留学生、それ以外の国から来ている人達が沢山住んでいる地域だったのです!
ここ数年は、日本人とのハーフの子供もよく見かけるようになりました。一昔前なら、「ハーフの子」というだけで大騒ぎされたのかもしれませんが、こちらの小学校ではハーフの子供が沢山いるようです。
思い起こせば、私は子供のころからアメリカに憧れていました。
子供のころ親に時々連れてもらっていた大きな公園の傍にはアメリカンスクールがあったのですが、そこで見た白人の男の子(その当時は外人イコールアメリカ人だったのですが、今考えるとどこの国の人とは言えません)に一目ぼれしたことがありました。
さらさらの栗色の髪をした男の子で、一目見てときめいてしまいました♪
一言も話すことはなかったのですが、それでも私の印象に深く残った出来事でした。
私が住んでいる所は東京なのに自然が多く、日本なのに外人が多いという特性を持っているようです。
なんとなく感じるのは両極のバランスを取る場所に私が居るということです。
なんとなく、私が「英語」をもっと話す状況に飛び込むように促されているように感じました。
やっぱり、呼ばれているのかなぁ? そう思いました。
10月29日 ありがとう!最近の流れのなかではっきりしているのは、明らかに私の生き方が変わってきているということです。
そこに関わった全ての出来事に感謝します。
どんなに苦しくても、諦めずにいれば道は開けるということを学んだような気がします。
その為に必要な必要なことひとつひとつを私が学べるように導いてくれた私のガイド達に感謝します。
今日、私のなかである存在(目に見えません)が「よくここまで耐えてきたね」と言ってくれました。さすがにその時は涙が滲みました。
今は、魂がずっと忘れていたことを思いだしている過程です。うわー、本で読んでいたことが本当に私の身に起こるなんて!
私の中でいま、ふつふつと喜びと、感謝の気持ちが湧き上がってきています。
ありがとう!ありがとう!ありがとう!
まだまだ克服しなければならないことはあるかもしれませんが、それでも自分を縛り付ける恐ろしい観念から抜け出しつつあることに心から感謝します(^0^)。 10月27日 ワクワクです!この前投稿した体験のあと、更に色々なことが起きています。
まさに、不思議な感覚のオンパレード。
自分が様々なエネルギーを自在に操っているのが見えたり、ハートの中から自然に感謝の気持ちが湧き出てきて、強い光が放たれるのを感じたり。前世から持ち越してきたトラウマに関しても驚くほど簡単に、前世での自分の意識を変え、人生の結末を変えてしまうというワークが出来るようになりました。
現実面でも上手いタイミングで欲しかったものが手に入ったり、よく子供と行っていた喫茶店の人が思わぬ仕事を紹介してくれたり。
すべてが劇的に変わるわけではないのですが、それでも少しずつ状況は好転しているようです。
やっぱり諦めないで良かった(^0^)。
そして、「これから私が心から望んでいるものはすべて叶う」という確信めいたものを感じています。その為に必要なものは「出来ない」という考え方を一切排除し「ひょっとすると出来るかも」という意識に切り替えるだけです。
36年間生きてきて、やっとそんな意識に自分を持っていくことが出来るようになってきました(^0^)。
ちょっと、嬉しいです♪ 自分に嘘をつかない生き方をしていこうとすると、こんなにいいことがあるんですね!
10月24日 超人的妄想族今日、午前中に洗濯物を干しながらテレビを見ていたら、ある文章について話をしていました。
細かい部分は忘れてしまいましたがこんな感じです。
「ねえ、僕マラソン大会に出ることになったんだ。
でも、僕走るのが苦手で嫌いなんだよ。 でも、さっそうと走ったらかっこいいだろうね。
でも、走るのが遅いんだよ。 でも、みんなが頑張って!て応援してくれるからやろうかと思うんだ。
でも、走ると疲れるでしょ。それが嫌なんだよねぇ。
でも、山田君に誘われたし、『頑張れば出来るよ』と言われたからやってみようかと思っているんだ。」
異様にまどろっこしくて、イライラしそうな文章なのですが、結構人って、私を含めて同じようなことを言っているのではないでしょうか?
「こうした方がいい」と理性(もしくは直観)ではわかっていても、不安が出てくると「だって」「でも」という言葉で現実を回避しようとすることが誰にでもあるのではないでしょうか?
そういう私も実は最近「だって」と「でも」が多いことに気が付きました。
これではいくら考えても前に進めやしないですよね(>。<)。始めて自分の思考の落とし穴にはっきりと気が付きました。
正直、これが10年前の私だったら絶対自分の非を認められなかったと思います。
そのころはもうヒーリングセミナーを受けたりと精神世界(スピリチュアルな世界)の学びに飛び込んではいたのですが、まだ自分自身の真実を受け入れる準備が出来ていなかったんですね(^-^)。
どうして10年前には受け入れることが出来なかった私の欠点(非)が今になって受け入れられるようになったのかと言うと、それは10年前の自分と比べると遥かに自分自身に対する許容範囲が広がってきたからだと思うのです。
色々なセッションを受けることによって、そして自分に自信を与えてくれるきっかけになったいくつかの行動によって少しずつ自己評価が人並みに近くなったからだと思います。
ベストセラーになった「子育てハッピーアドバイス」の中でこんな話がありました。
自尊心の高い子供は自分の非について話されても「うん、わかった。ごめんね」と素直に言えるそうですが、そうではない子、つまり自己評価がとてつもなく低い子の場合はすでにこれ以上落とせないほど自分に対する評価が低いので、誰かに怒られたり責められたりすると「ここで自分の非を認めたりするともう生きていくことが出来ない」位に追い詰められてしまうそうなんです。
それを大人が「なんとかしてここでこの子の非を認めさせないと、この子はとんでもないことになってしまうかもしれない。だから徹底的に叱って『ごめんなさい』と言わせなければ」としつこく責めると、子供の心はもう立ちあげれないほど傷つき、ボロボロになってしまうというのです。
きっと、10年前は私の自己評価もボロボロな状態だったんでしょうね…
でも今は幸いなことに自分自身に対する評価は少しずつ上がってきているのでしょう。
お陰さまで私の中に潜んでいいた「だって」と「でも」の罠に気が付くことが出来ました。
「だって」と「でも」は自分の足をひっぱる言葉です。そしてなぜその言葉を使うのかと言うと、ただ前に進むのが怖いからです。
中には自分の本心がやりたくないことを誰かに強要されそうになった時、「でも」「だって」を使うこともあるでしょう。
その場合は速やかに相手や状況に対してはっきりと「NO!」と言う必要があります。
自分がどちらの「だって」と「でも」を繰り返しているのかわからない?
答えは簡単、どちらも元は一緒です。「だって」と「でも」の対局にある事柄で揺れ動いて自分自身の核を見つけられない時に「だって」と「でも」が浮上してくるだけだのです。
要するに「だって」と「でも」を繰り返している時には不安と恐れで一杯になっていて身動きが取れない状態なんですね。
だから、「これこれこう言う理由で私は前に進めないんです」という理由があれば不安と恐れで一杯になっているマインドからすると、
「やった! やらなくていい理由が出来た!」となるわけです。
もし自分が「出来ない理由」ばかり並べるようになったら要注意! 私たちは不安と恐れから作り出された超人的妄想の餌食になります。
この超人的妄想が膨らみ続けると、それはどんどん広がり続け最後にはそれ自体が一つに人格を持つように思われてくるのです。」
それでもそれをほおっておくと、最後にはそちらの方が「本当の自分」のように思ってしまうのです!
ああ、怖い。でも、これが実際私の身に起こっていたことなんですよね(>。<)。
そして、
「今まで私が『本当の事だ』と思っていたことが実は『不安や恐れから作られた単なる思い込み』なら、自分でそれを変えられるはず!」
と思ったのです。
そう思った途端、私は自らそう言った状況を選んで創りだしてきたということに気付きました。
「私は本当はこの事実を知っていた。だけど、『自分がすべて知っている』状態とはちがうことを体験したい」と思った。
だから、「すべてを知っている」ことをまったく忘れた状態で生まれてみたいと思ったということに気付きました。
これは、あちらの世界からすると単なるゲーム、遊びだったのですが、いつのまにか「すべてを忘れている」ことさえ忘れた状態に陥ってしまったのです。
少しだけ、涙が出ました。
このことを認識しながら「あーこれって前に本で読んだことがある内容だな」と思いました。
でも、これの概念はいくら本で読んでも自分自身の内面で気付くことが出来なければ認識することは出来ないとも思いました。
その後、この次元ではない存在が、彼が住む次元ごと私の横にいるのを感じました。
私の横にキリストっぽい存在が岩のような場所に腰掛け、
「よく思い出したね」とほほ笑みながら私に声をかけるのを感じました。そこからまたメッセージを受け取りました。
では、そろそろ寝なくてはいけないのでこの話の続きはまた…
お休みなさい☆
10月23日 出来る!一大決心をして日本での本格的な活動を再開してからもうすぐ一か月。
自分が考えていることがすべてトントン拍子に進むわけではありません。
正直、私の頭で考えからすると、驚くほど物事はゆっくりと現実化していくのです。
これに対して「これでいいのだ」と思う時もあれば、恐ろしいほどの焦りを感じることもあります。
でも、最近少しづつ「気付きが」起こり自分の至らぬ点などに気付き始めました。
すると、どうでしょう! どういう訳か来年の春までには自分がいま実現したい事柄についてふと「出来る!」という感覚になりました。
なぜなら、そのことを私の妹に話している時になぜだか頭の左上の方で『出来る』という言葉が聴こえたからです。
そういう時は、自分では「無理だ」と思っていても絶対上手くいくものなのです。
私が考えている大きな夢を諦めずにいれば、それが天明に沿ったものである限り絶対にそれは叶えられる! そう思うと今いくら不安を抱えていても大丈夫なんだと確信しました(^0^)。
それがわかればなにも心配する必要はありません。それが必ず「叶う」と信じて毎日を過ごしていくだけです! 10月21日 コミットメントの力今日、久しぶりにパワーストーンを使った自己リーディングをやりました(^0^)。そこでコミットメントの持つ力について認識しました。
パワーストーンを使ったリーディングを自分のために行うことのメリットは、自分自身の『こうあって欲しい』という欲に惑わされないので、自分のことを正確に見ることが出来ることです。
「占い師は自分のことを占えない」と言うますが、やはり自分のことを私利私欲無しで見つめてみようと思うとなかなか出来ないものなんですね(>。<)。
と言う訳で久々の石を使ったリーディングをしたのですが、そこで面白い発見をしました。
時々石を使ったリーディングをさせて頂く時に「ここで、あとこの石を選べばもっといい状態になれるのに」ということがありました。
でも、「頭で石を選んでも意味がない」とずっと思いそれに関しては具体的に伝えることはありませんでした。
それが、今日私の選んだ石を見ていくと「今選んだ石」の上に「これを追加するともっと良くなる」と思う石を更に並べていくと、驚くほど今現在の自分の問題点が明るみに出ることを発見したのです。
私の場合、ひとつ石を追加しただけではまだ全体のバランスが取れずにいました。
そこで「もうひとつ」、更に「もうひとつ」と選んでいくと不思議なことに自分がこれから歩んでいくだろう道がはっきりとしてきたのです。
最終的に石を6つ追加して初めて、私が選んだ石達のバランスが「今の時点で読み取れる最高の結果」を導いてくれました。。
そして気付いたのは、今の私にとって必要なことは「なにがあっても最初に立てた目標を貫く、徹底的な決意」でした。
今の私に欠けていたのはそれだったのですね(^-^)。
人は常に様々な決断を大なり小なり迫られることごあるわけですが、それに対して「何が何でも献身的にその事柄に対して取り組む」という決意がないとなにをやっても中途半端で結果が出ないことに気が付きました。
はっきり言って、何を選ぼうとも私達はある事柄を選ぶ度その責任を負わなくてはいけないのです。
自分の決断にどのくらい責任が持てるか?
これが自分のパワーを呼び戻すために必要な意識、行動なのだと思いました。
ようするに「人生を変えたいと思ったら、迷いや打算を捨てて思い切って飛び込め!」ということなのでしょう。
「これをすることでこうなって欲しい」という打算をすべて捨てられたとき、本当に「在りのままの自分」として存在出来るようになるのでしょう。
今日はそんなことに気付きました。
ありがとう ☆
10月15日 私ってインド人?今日は、ヒーラーのM さんとお昼を食べに行きました。
そこで驚くべき発見が沢山あったので、投稿せずにはいられませんでした。
M さんとは昨年参加したヒーリングフェスティバルで知り合って、レイキのアチュを受けたりとお世話になっている方です。
そのM さんとご一緒出来るので「どんな話が出来るかな?」と楽しみにしていました。
その期待は外れず、とても収穫のある時間になりました(^0^)。
ここ最近また「シンクロ」することが増えたのですが、今日もまた同じで、私が今度行くことになった埼玉でのプチ修行の話をすると、M さんもそのプチ修行を取り仕切る僧侶のことを知っていて、その人の本まで持っているというのです。
私なんて昨夜たまたまサイトを見て、衝動的に申し込んだのだだけなので本当に驚きました。
そして驚きはそれだけでなく、私がこの前タージーマハールなどインドチックなビジョンを見た話をしたら「初めてyuukoさんのことをPCで見たときから『インド系のひとだな』って思っていましたよ」と言われてまたびっくり。
正直、いままでインドに興味を抱いたことはほとんどなく、強いて言えば昔インド式の弁当箱を使っていたこと、妹尾河童さんの「河童が覗いたインド」を読んだくらい。
人によっては「インドに行って変わった」と言うけれど、あらゆるものが雑然としたあの国に「行ってみたい」と思ったことは一度もありませんでした。
でも、M さんからすると私は「インド系」だったんですね(>。<)。
「あー、自分では気付かないことって沢山あるんだわ」と認識しました。
インドかぁー。 今まであまり意識したことがないけれど、ちょっと気になってきました(^-^)。
しかし、最近の私が選ぶことっていままでの「私」の意志とはまったく違う方向にいこうとしているのが段々わかってきました。
でも、それって単に今まで選んできたことが「本来の私」とはかけ離れていたということなのでしょう。
それにしても、修行なんて精神世界に興味を持ち始めた当初は猛烈に興味があったものの、今になって自らそんな世界に飛び込むとは思っていませんでした(>。<)。
しかも、絶食するんですって!食べるのが生きがいと言うくらい食べるのが大好きな私に耐えることが出来るんでしょうか?
はっきりいって、普段の私なら決して選びません。
いやー、なんだか面白い展開になってきました(苦笑)。
10月14日 ”愛”の概念について今日は、少しだけ「愛」についての新しい情報(この情報はすでに至る所で配信されています。ですから単に『私にとっては新しい情報』です)をお知らせしたいと思っております。
以前私がブログでお話した『愛』についてのお話に通じるものがあるのですが、やはり私達一般人の考えと違って「愛」は「本質を大事にしつつ、いかに相手の自由を尊重できるか」と言うことに要略されるのだなと改めて思いました。
そして、それはすなわち自分自身にも当てはまるということを今はっきりと認識しました。
私達は皆、生まれる前にこの世での青写真を持って生まれてきているといいます。
でも、私達は人生の過程で自分の「計画」とは全く異なる生き方を選ぶこともあります。本来の道を外れて「寄り道ばかり」の人生になることもあるでしょう。
でも、ある人間が生まれる前の計画に従わずまったく違う人生を歩んだからと言って、人生の計画を一緒にたててくれた神様が怒って地団駄を踏んだり、ある特定の人間に災いをもたらすのでしょうか?
実際はそうではないことを今日確信しました。
「神」は本来その人が到達するであろう意識に常に焦点を合わせているので、それ以外のどんな行動を犯そうとも「目標に達するための通過地点に過ぎない」と考え、それ以外のいかなる思いも持っていないのです。
ですから、「神」という存在がもしあるとするならば「すべての人の、すべての行いを許している」ということになるのです。
そう考えれば、どんな行いをしても神さまは人を裁く必要がないということなのだという考えに到達することになります。
人の罪を裁くのは人で、決して神様ではない。
そう思うと、肩の荷が下りた気がしました。
変な話、「もう自分を罰しなくていいんだ」と感じました。
神様は決して人を罰しないのです。
人が人を罰するのです。
ですからあらゆるスピリチュアルな教えのなかで言われているような「神」の意識に辿りつきたいと思ったら、あらゆる人間が犯す過ちを「単なる過ち」だと認識出来るようにならなくてはいけないわけです。
誰だって生きていればひとつや二つ、いやもっと過ちや失敗を繰り返すわけなのですから、そのひとつひとつにいちいち目くじらを立てるのは子供っぽい行為なのかもしれません。
簡単には思えないかもしれませんが、私達の想像を超える「神の意識」について実感しようとするならば「この世には罪も裁きもない。裁こうとするのは人間のエゴなんだ」と考るしかない…そういう思いに至りました(^0^)。
もっと、自由に生きていく時代がきたようですね!
10月2日 怠け者のポジティブ指南ここ最近色々と忙しいことが多くなってきました。今私の中で描いている計画上仕方がないことなのですが、実は「面倒だな…」と思う事がよくあります。
一番面倒なのが、役所関係の手続きでした。
でも、やってみると意外となんとかなるものですね(^0^)。
家を一歩出るまでは「あー、やだな、面倒だな」と思うのですが、それでもその面倒なことを片付けでしまうと心がすっきりするんですよね。
そして、心がすっきりするということはエネルギーレベルでもしっかり反映されているのです。
例えればひとつ「面倒だな」と思うことをするたび、ほんの紙一重なのですが、エネルギーレベルでは薄皮を剥がすように自分の中にある無駄な部分が剥がれていうようで、やるとほんの少しすっきりするんですよね。
でも、これを毎日ひとつずつやっていったら、人は意外と大きな成果を上げられるのではないでしょうか?
エネルギーレベルでも、大きな差になるでしょう。
一年経ったら、どうなるでしょうか? この紙一重の努力を毎日、そして10年続けたらどうなるでしょうか?
はっきり言って私はどちらかというと怠け者の部類に入ります。
「あー、もういい、面倒臭い!」と言ってやらないことが多々あります。
例えば、寝る前に顔を洗わないとか。
これを毎日続けていたら、確実にお肌にきますよね(>。<)。
でも、本当は顔を洗えば気持ちいいのです。その上自分の肌にあった化粧水をなじませて、マッサージしながら乳液でも塗ってあげれば肌は喜ぶし、自分の体は「自分を大事にしてもらえた」と喜んでくれるのです「。
その想いは、確実に自分自身に繋がるのです。
きっと「自分を喜ばせてくれること」の中には、面倒なことが多いのだと思うのです。
乗り越えなければなければならない壁が多かったり、一筋縄ではいかないことも多々あります。
でも、それは「本当にやりたくない事」とは違います。本当にやりたくないことはハートのチャクラで必ず「NO!」という声が聞こえてきます。
ですからハートが「No!」と言わない限りはどんなに嫌でもやってみる価値があるのかもしれませんよ!
一番大事なのは、自分の限界を設けないことなのでしょう。
その上で自分が目標を達成するために必要なことを見定めます。その中にある項目のほとんどは「面倒臭いこと」でしょう。
でも、その中でも簡単なことから始めていけば、序々に自信が付いて、以前の自分では「絶対出来ない」と思っていたことでも成し遂げられていくようになるのだと思うのです。
ですからもう少し諦めるのをやめて、怠け者なりに進んでいけばいいのだと思います。
「出来ない」と言っている内は、なにも出来ません。でも、「出来るかも」と言う意識に自分を持っていくと意外と何でも出来るのかもしれませんよ。
9月24日 しっかりと、見るここ数日今まで気づかなかった、実は子供の頃から気付かないようにしてきた問題に今直面しています。
子供の頃はそれ(問題)に対して納得出来なくても、なすすべもなくただ我慢するしかなかったのです。
自分では気付いていなかったのですが、そこで感じる苦痛に対してどうすることも出来ないまま、感覚がマヒしていったようなのです。
勿論、時々どうしようもない位の怒りに駆られて自分がどうにかなってしまうのではないかと思うこともありました。
でも、それも毎日の生活に追われ、一日があっという間に過ぎていくようになってそれほどのことでもなくなってきました。
それからずっと時間だけが過ぎて行きました。
そして今、自分が新たな一歩を踏み出していこうという時に、ずっと忘れていた問題が、大きな顔をして目の前に現れたのです。
始めは驚きました。「なんで、今になってこれが出てくるの?」と。
でも、それは「悪い印」ではなくて「今の自分がこれまでになく前向きで、パワーに溢れているから出てきたことなんだ」と思えるようになりました。
以前の私では弱すぎて解決出来なかった問題だったのですが、今の私なら十分それを受け止めて乗り越えるだけの強さをものにしたから現れただけなのです。
そのことに気付いたら、結構気が楽になりました。
私の中に潜んでいた『負けず嫌い』がいい方に出てきたようです(^0^)。
「なにくそ~、絶対負けないぞ!」という意識が芽生えてきました。
やっぱり、これが私の強みなのです。子供の頃から父親に怒られて、叩かれたりしてきたけれど、相手の言うことが納得できないと思ったら絶対に「はい」とは言いませんでした。それで相手の反感を買って首を絞められるとこもありました(苦笑)。
その事を昔お世話になっていたヒーリングセラピストの方に話したら、「それはいいことなのよ。そういう反骨精神がある人はどんな状況でも負けない強さがあるのよ」と言われました。
ヒーリングセラピストが褒めてくれた素質は私の父からは恨みを買うだけのものだったのですが、今でも私の中にある「負けず嫌い』の精神が私のことを支えてくれていることに心から感謝せずにはおれません。
若いことは自分に全く自信が持てず、しかも自分がやりたいことが全くわからなかった為「とりあえず」目について、自分でも出来そうな仕事を選んでやってきました。
でも、それはほとんどの場合自分の本質とはかけ離れた仕事ばかりだったので、ストレスが多いわりには評価されず大した収入にはなりませんでした。
本人は自分に全く向いていないことをしている為、その仕事が向いている人に比べると半端ではないエネルギーを使っているのです。とてつもない努力をして「人並みの標準」に」達しようとしているのです。
本人からすると、「これだけ努力しているのに、周りはまったく認めてくれない」と言う不満を持つに至るかもしれません。
自分に向かない仕事をするということは、自分にとっても、雇用者側からしても非生産的な事で何もいいことがないということになります。
でも、「上手く出来ないけど、どうしてもそれが好き」という場合はどうでしょうか?
私はそういう時は、ひとまずそちらに進んでみるべきだと思います。
そう言った場合は仕事としてやっていかなくても、趣味としてやっていくことは出来るわけですし、少なくとも自分が「本当に好き」と思えることをやっている人は自分を好きになれるので、ネガティブな波動を出す機会が、好きなことを全くやっていない人よりは減ります。
「自分がもし、やりたいことが十分できるだけのお金を持っていたら、何をする?」
これが、今あなたがやりたいことの答えです。
でも、それをお金をかけない方法で実現しようというのが私が教わってきたやり方です。
そう考えると、「お金がないから出来ない」というのはただの言い訳になってしまいます。
でも、やりたいこと、実現したいことに対して本気で取り組もうとすれば必ずその気持ちを応援し、支えてくれる人が現れるのです。
だから、私も決して諦めずに自分の道を進んでいきたいと思っています。
そして、その間に見えてくる「自分が克服しないといけないこと」から目を背けず、しっかりと見ていきたいと思っています。
9月21日 夢から覚めて今日、やっと夢から覚めました。
この夢、本当に長い夢で、私が生まれてから36年間ずっと続いていました。
私はそれが『夢』だとは気付かず、ずっとそれが『現実』だと思ってきました…。
でも本当は、『夢』だと思っていたことのほうが現実だったんですね。
どうして今までこの事に気が付かなかったんでしょう?
でも、これまではとても巧妙にコントロールされていて、上手く真実が隠されていたことに気が付きました。
私は毎日とても上手に作られた『嘘』を聞かされていたので、それが『真実だ』と信じるに至ったのです。
こうやって今、そういった事に気付くと…正直恐ろしいです。
「よくこんな恐ろしい刷り込みをされながら、生きてこれたな」と驚いてしまいます。
10年ほど前、私がハイヤーセルフとコンタクトを取ろうとしている時、こんな声が聴こえてきました。
「おまえは死んでいる」(「お前はもう、死んでいる」なら北斗の拳ですがそうではありません)
その時は「えー、何を言っているの!?」と驚きましたが、今になってみれば、それはあながちウソではなかったことがわかります。
本当に、あの頃の私って自分の本質から見たら「死んだも同然」の生活を送っていたのだと思います。
肉体のレベルで生きていれば、この現実社会では「生きている」ということになりますが、魂のレベルではそれが全く嘘であることがわかったのです!
いやはや、それにしても自分が実はこれまで沈没しかけている船に必死でしがみついていたことに気が付きました。
私は自力で脱出することを全く考えておらず、「危ないからどこかにしがみつかなちゃ!」と思いこんでいたのです(>。<)。
本当はそうではなくて、自分が乗っていた船に最初から欠陥があったんですね。
しかもその船の船長は自分を磨くことを知らず、「我慢することが最大の努力だ」と話していたのです。
その割に、ちっとも運は良くなりませんでした。
そろどころか船長は「努力(我慢ということです)したってなんにも良くならないんだから、舵を取るのはやーめた!」と宣言したのです。
そこで困るのは船長と運命を共にしている船員達です。
彼らは「一緒に来ればなんとかなるよ。きっといいことがあるよ」と言われて乗ったのですが、なんとなく思うのは「本当にそうなのかなぁ」と言うことだけです。
舵の取り方をよくわかっていない船長の船に乗って、言われるがまま一生懸命働いてはいるのですが、いったいどこに辿り着くかは誰も知らないのです。
船員達は、仕事の合間に時々話し合います。自分達の船長の言うことは時々よくわからないけれど、威厳に満ちている。何度も聴いていると、段々それが「真実なんだ」と思えてくると。
きっと、自分達がまだ完全に納得出来ないのは自分達の経験が浅いからで、これを通過すれば「やっぱりこの船長にしたがって良かったんだ」と思えるようになるんだと。
でもその一方で船長は自分の船の舵を取ることを諦め、イライラし始めます。そして船員達に「ああしろ、こうしろ」うるさく言います。
実際、船長は自分の船をコントロールするかわりに船員達をコントロールしようとし始めたのです。
それでも、船員達は「船長はこの船を良くするために、色々うるさく言っているだけなんだ」と思います。実はそうではないのです。
本当は、自分の船の扱いかたすら全く知らないのです。
誰にも教わったことがないので自己流でやるしかありません。自己流故に失敗続きなのですが、それを克服するための努力は全くする気がありません。
最初から「我慢することが最大の努力」と思っているので、嫌気がさしてしまっただけなんですね。
でもそうやっているうちに、船の老朽化が進み、次第に船は傾き始めました。
船の舵を取ることを諦めた船長は、自分の船のメンテナンスを怠っていました。
ある日、船員の一人が船底に小さな穴があいていることに気付きます。彼は早速それを船長に報告しました。
船長はこう答えます。
「30年も航海に出れば船が痛むのは当然じゃないか。そんなことでガタガタ言うな」船長はそうはっきりいいました。
でも、船底の穴に気付いた船員Aは納得出来ません。船内にあるものを使って、穴を塞ぎました。
その後、いくつもの穴が船にあることに気付きました。船員Aは再び船長に訴えました。
船長は怒りを爆発させながら言いました。
「だからなんだって言うんだ! そんなのほおっておいて、さっさと働くんだ! 飯はまだか? 掃除は終わったのか!?」
船長室を出ながら、船員Aは思いました。
「今までは、船長の言うことに従ってきた。彼の言うことはいつももっともで、訴えるものがあった。彼に従っていればいつかどこかに辿り着けると信じていた。でも、20年以上乗っているがどこにも辿りついていないじゃないか。陸地を見たことは一度もない。彼はいつも『常に一番いい航海をしているだけだ』だと言うが、本当にそうなのだろうか?
船員Aは他の仲間にその話をしますが、誰も取り合ってくれません。それどころか船長に対する恩が足りないと恨まれる始末です。
そして、とうとう船員Aが恐れていたことが現実となります。
とてつもなく大きな嵐が来たのです。
船員達はパニックになります。彼等は海の上に漂うのは得意だったのですが、このような緊急時に立ち向かう為に必要な実践を何も受けていないのです。
このような状況で取るべき行動は何なのだろうか? 最善のことはなんだろう?船員Aは沈みかけている船にしがみつきながら必至で考えます。
自分が先頭に立って行動しようにも、協力してくれる仲間は誰もいないのです。
皆、船から落ちないようにしがみつくのに必死で、それ以外のことは何も考えられません。
仲間にいくら呼びかけてもだめだと悟った船員Aはこう考えます。
「俺は、このまま死ぬ運命なのか? この船に乗ればいつかは自分が理想とする世界に辿りつけると思っていたが、20年以上乗っているのにどもへも辿りつかないじゃないか。どうして俺はこの船に乗っているんだ?」
彼は自問します。そして、こう思います。
「今まで船長の言うことを信じて、頑張ってきた。それで何を得たのか? 確かに船長は寝どこを与え、それなりの食事を用意してくれた。でも、今はどうだ? もう食糧も底をついてきている。塩辛い海水で飲み干さないと喉つまりしそうな乾パンと、なんとなく黴の匂いがする干し肉をかじっているだけじゃないか?」
次の瞬間彼は手を放します。船にしがみつくのをやめたのです。
そして、彼は階段を上りうえを目指します。
他の船員達が叫びます。
「お前、何をやっているんだ!!」「このままじゃ、溺れ死ぬぞ!」「何かにつかまれ!」
船員Aはそれらの言葉を無視続けました。そして、ひたすら走りました。
その先にはこの船を出航する時に用意された救命ボートがあるのです。彼はひたすらそれを目指しました。
そして、とうとう彼はボートの前に辿り着きます。小さくて、頼りない代物です。でも、そのボートにはオールがあります。
自分がその船に乗りさえすれば、そのオールを操ることが出来ます。もう、船長の言いなりにならなくてもいいのです。
彼は思い切ってそのボートに乗り込みました。そして、ボートをその頼りない、大きな船から切り離す前にこう叫びました。
「お前ら、このボートに乗れー! そうすれば、もう我慢しなくていいぞぉ!! 皆乗るんだ! 早くしろ!」
でも、彼の声は大きな波にかき消されて誰にも届かなかったのです。仕方なく、彼はロープを切りました。正直、彼も怖くて仕方がなかったのですが他に選択肢がありませんでした。
そこで、彼は夢から覚めたのです。そして、その船員Aは私自身だったのです。
こうして、私は夢から覚めました。そして、驚きのあまり目を見開いて佇んでいます。
やっと夢から覚めて…これから、どこに行くんだろう? まだまだはっきりしないけれど、ここからが自分の人生の本番であることがよくわかります。
もう、自分に嘘をつかなくていい! 本当の自分に目覚めて、怖くてどうしようもないけれど、なんとなく自分が一番危険なゾーンを乗り越えたような気がします。
そして、自分が本当に求めている幸せに向かって旅立とうとしていることを!
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